2021年春、いよいよプロ野球シーズンが本格始動しましたね。
九州は福岡県、佐賀県で絶大な人気を集めるチームといえば、福岡ソフトバンクホークス。2021年は5年連続の日本一を目指しています。
そんなスーパーチームのメンバーらが昨年オフシーズンに、佐賀県と福岡県の県境にある人口1.7万人の小さな町・基山町を訪れていたという、「嘘みたいな本当の話」があります。
時はさかのぼり、新型コロナウイルスが再流行の兆しを見せ始めていた、2020年12月。
佐賀県基山町で町民限定、しかも定員400名という小さな規模で、福岡ソフトバンクホークスの本多雄一コーチを筆頭に、昨シーズンに破竹の勢いで活躍した栗原陵矢選手と周東佑京選手が登壇したトークショーが行われました。
「こんな時だからこそ!」という野球好きの役場職員の熱意によって実現したという、基山町で暮らす野球ファンとの一大交流イベント。感染症対策のため、客席からの発声は禁止されていましたが、選手たちの惜しみないファンサービスに、何度も何度も大きな拍手が贈られました。
イベント冒頭、選手らはフェイスガードとマスクを着用して登場。舞台上でのトークは、十分な距離をとって行われました。
「コロナに負けない。みんなで前へ」をテーマにトークが繰り広げられた、基山町民会館での奇跡のようなひととき。
事前に集められた町民らからの質問に答える形で、選手らの秘話や客席を大いに勇気づけるエピソードがたくさん出てきました。
当日は、ボックスに入れられた町民からの質問を選手自らが引き当て、その場で答えるというライブならではの展開。
3人とも「ノーパスで答えます!」と意気込み十分に、1時間以上ぶっ続けで、本当にNGなし。そんなやりとりの中から一部をご紹介します。
「いつか周東選手と甲斐キャノン(甲斐 拓也選手)の対決が見たい!」の声に、「キャンプでは自チームに刺されまくっています」と苦笑いしながら回答していた、周東選手。そこで、栗原選手から「先に栗キャノンをかいくぐらないとね!」というツッコミが。何を隠そう、周東選手と栗原選手の初対決は出会って1年目の春キャンプ、紅白戦。その際にキャッチャーとして出場した栗原選手は、見事、周東選手を「刺した」そうで…。
周東選手いわく、「盗塁はピッチャー次第」なんだとか。その後、小さな声で「投手が千賀(滉大)さんだったら…」とまさかの2020年最優秀バッテリーの一翼の名を呟いたその心は、「カーブの投球を狙って走るから」なんだそう。ここで、本多コーチから盗塁の予備動作の解説が繰り広げられるなど、野球少年たちにとって至福の時間となりました。
ちなみに、栗原選手も盗塁の「欲」はしっかりあるそうです。周りに「バンバン行けよ」とハッパをかけられて素直に走るそうなんですが、「スタートは上手いんだよね。でも2歩目で周東に負ける」と、選手をしっかり見ている本多コーチ。
とは言え、「栗原も10本いける!」と盗塁について盛り上がった話の流れで、栗原選手は今季の盗塁10本、周東選手は盗塁をひとつでも増やす意気込みで100本を目指すという目標が発表されました。
なお、質問に答える形で発表された栗原選手の50m走ベストタイムは、6秒4。何故かどよめく客席に、ドラフト情報では「走れるキャッチャー」とキャッチコピーがつけられていたエピソードが披露されました。
親戚に110mハードル走の日本記録保持者がいるという周東選手は、学生時代に5秒7を記録。現役時代に盗塁王として名を馳せた本多コーチのベストタイムは、5秒8か9あたりだそうです。
野球少年らからは、ストレートに「野球が上手になる方法」についての質問が。栗原選手は、「好きな野球に一生懸命になること。家でも自然と野球のことを考えていると、上手くなります」。
「どうやったらチャンスに強くなり、打てますか」という問いかけには「打席に入る前に、投手の特徴などを思い出している」という自身のルーティンを披露しつつ、「あとは気持ち!打点をつけるという強い気持ち!僕はギータ(柳田悠岐選手)に追いつこうと頑張ってます!」と少年たちを鼓舞していました。
「牽制に騙されやすく、引っかかってしまう」という相談には、「どーすりゃいいのかなぁ」と舞台上の全員が真剣に悩むシーンも。本多コーチからは「ピッチャーが動いてすぐ走りたい気持ちがあると思うけど、ピッチャーが動き終わってから走るようにしよう!」と具体的なアドバイスが出てきました。
これは、プロ野球選手でも毎日変わる「感覚」らしく、実は周東選手もスタートダッシュが苦手なんだとか。早くしようと焦るほど下半身がうまく動かないため、あえてゆっくりスタートを切る練習をした方が良いそうです。
現役盗塁王の周東選手からは、「盗塁は失敗しようとしたらどうしようとか考えない。走ったら成功するものとして走る」とアドバイス。
「二塁に滑り込むとき骨折しないか見ている方は心配だけど…」と気遣うファンには、「人とボールの動きが見えてるし、余裕があればショートセカンドの動きを見て滑り込みを判断しているから大丈夫」ときっぱり。積極的な盗塁は、常人の理解を超える身体能力の高さがあるからこそ!
ちなみに、少年野球時代のポジションと打順は、本多コーチは「1番ショート、たまにピッチャー、2塁も3塁もやった」。周東選手は「1番ピッチャー、たまにショート。高校時代もショート」。小学5年生で中学校の野球部入部を志願したエピソードで知られる栗原選手は、「小4の時はセンター、小5からは玉拾い」でした。
これまで、怪我が多かったと振り返った栗原選手。今でも一番大切にしているという言葉を教えてくれました。「大丈夫だ。素直であれ。謙虚であれ」。リハビリばかりで精神的に辛いときに、お父様から届いたメッセージだそうです。
周東選手は、「育成から這い上がるための努力は?その支えは?」という質問に、「自分に足りないところをひたすら練習する」というストイックな回答。「負けたくない。二軍で一番目立ってやろう!」という強い想いで、育成時代は過ごしていたんだそう。「自分はミスも多くて、できないことも多い」と、今なお、たゆまぬ努力を続けています。
そこで、「今だから話せるけど…」と、本多コーチは現役選手時代から「ホークスにない”足”を持っているなぁ」と周東選手に注目していたというエピソードを披露!
「誰がどこで見ているか分からない。プロ野球界には、才能があって頑張らなくても成功する選手も、もちろんいる。(一軍に入るための)正解はない。だから、自分の思う通りに野球をした方がいい」。プロ野球の第一線で活躍してきたコーチならではの、重みのある言葉です。
そんな本多コーチに投げかけられた、「物事を諦める時はどんな時ですか?」という質問への回答は、「さっと諦める!できないと思ったら諦める」という、なんとも思い切りの良いもの。
というのも、「選手にとって失敗は当然」。選手自らが試行錯誤し、トライアンドエラーを繰り返しながら「これはアリだな」と感じることが大切だから、というお話でした。
悪い時の自分を見つめることは、そこから成長できるということ。
「困難から逃げることはできないが、ひとつひとつクリアしていくことで乗り越えられる」と語った、本多コーチ。「良い時も悪い時も感謝の気持ちを忘れず、謙虚であること。何より、素直さが一番大切と皆に伝えたい」という言葉に、栗原選手も周東選手も深くうなづいていました。
2020年のプロ野球シーズンは新型コロナウイルス感染症対策のため試合が減り、例年のようなファンと選手らの交流の機会も失われました。今回のトークショーでは、その寂しさ、悔しさを滲ませる場面も。そんなストレスを発散するかのように、イベント終盤は舞台を目いっぱい使ってファンサービスが繰り広げられました。
本多コーチは、「子どもに限らず大人も、現実を見つめて暮らしていくしかない。この環境下で今できることをしっかりやっていこう。きっといいことがあります」と呼びかけ。
栗原選手も「試合がなくなって悔しい想いをすることもあるだろうけれど、頑張っていれば、必ずいいことがある。今でなくても、この経験は将来に必ず役立ちます」と野球少年らにメッセージ。周東選手も「人生は長い。今の努力は、次のステップで無駄にならないもの」と力強く、客席を励ましてくれました。
最初から最後まで笑いの絶えないトークショーでしたが、自らの言葉で真剣に、プロ野球選手の血の滲むような努力や葛藤を語ってくれた三人。少年時代から大好きな野球に打ち込み、プロ野球界で一軍プレーヤーになる狭き門をくぐり抜け、リーグ優勝のみならず日本一を達成した選手らの言葉は、「コロナに負けない」勇気が湧いてくるものばかりでした。
トークショー終了後は熱気冷めやらぬキラキラした瞳で、足取り軽く帰路についた、ラッキーな基山町民たち。会場内では、本来なら800名が定員の町民会館に半数しか入ることができなかったことを嘆く声も聞こえていました。
今回のチケットは事前抽選制だったため、受付開始から2週間で1400名もの応募が殺到。貴重な機会にも関わらず、選手らに応援と感謝の熱い拍手を贈れなかった町民の方が、圧倒的に多かったのです。
2021年シーズンが始まり、今年も快進撃が期待されている福岡ソフトバンクホークス。いつかまた、今度は満員の基山町民会館で大きな声援と拍手で迎えられる日が来ることを願っています。
取材・記事:江藤裕子
撮影協力:宮本薫